萩尾望都-別館
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残酷な神が支配する(まちかねてるてる00/5/28)
萩尾望都の「残酷な神が支配する」を読みました。
あまりによかったので、なんと言ったらいいのかわからないほどです。
絵の美しさ、「ポーの一族」「トーマの心臓」を彷彿とさせる寄宿学校の生活や、
語り手にイアンという青年を持ってくる巧みさ。
萩尾望都や大島弓子の漫画を読むと、空間の緊密さ、濃密さを感じます。
これは他の漫画家にはないものだと思います。
何もない空白にさえ、何かがつまっています。

最初は、有名な作品だから、まあとりあえず一冊読んでみよう、と思って、買っ
ておいたのです。
それで、ある日、その一冊を読んだら、どうしても続きが読みたくなって、2,3,4
巻を買って、まあ一日で読む量はこのくらいにしよう、漫画ばっかり読んでもい
られないし、と思ったのですが、4巻まで一気に読んだら、またどうしても続きが
読みたくなり、その後、本屋を2軒回って、14巻まで全部揃えて、全部一日で読
んでしまいました。テレビもつけず、御飯もどうでもよくなって。

少年に対する性的虐待の話です。

少女への性的虐待は、ふた月程前に、天童荒太の「永遠の仔」でも読んだし、何
年か前には、山岸涼子の短編でも読んでいました。
少年への性的虐待は、吉田秋生の「バナナフィッシュ」で読んでいました。
ところどころでそれらを思い出しながら、「残酷な神が支配する」を読みました。
「残酷な神が支配する」が、上記の三つの作品と違うのは、一つの家族の悲劇に
焦点を絞って、発端から事件の発生、事件後の探索、真相の確認、更正と、追跡
していくことです。

性的虐待で、何が恐ろしいかといって、虐待者が、虐待を繰り返すうちに、被虐
待者のすべての精神生活、すべての性生活を支配し、侵略し、破壊するようにな
ることです。

虐待される少年ジェルミは、母親を苦しめたくない、だから母親にほんとうのこ
とを告げてはいけない、と思っています。
虐待者である、母親の再婚相手グレッグは、ジェルミの母親への気持ちにつけこ
み、しかも、自分が虐待するのは、ジェルミが誘っているせいだと言います。

ジェルミの苦しい日々のなかで、やっとみつけた、大切な友達バレンタイン。
バレンタインは、家族の都合で外国へ去ることになったとき、イースターエッグ
と手紙を渡していきます。ジェルミの苦しみを理解してくれる、ただひとりの友
がくれた宝物。

グレッグは、ジェルミの気づかぬうちに勝手に持ち物を調べ、イースターエッグ
を見つけます。

やがて、いつものように、ジェルミの部屋にやってきた、グレッグ。
グレッグは、鋭い勘で、ジェルミに深い愛情を持つ人がイースターエッグをジェ
ルミに渡したのだと気づき、そのことでジェルミを責めます。
グレッグは、ジェルミをベッドに縛ります。
そして、イースターエッグを使って、ジェルミを鶏姦します。

性的虐待で、もう一つ、恐ろしいのは、告白しても、聞いた人がそれを信じず、
否定することです。さらに、虐待の事実に気づいても、気づかぬふりをし、見て
みぬふりをし、間接的に共犯者になることです。

グレッグの前の妻は自殺していました。
その姉であるナターシャは、グレッグがジェルミの部屋に入るのを見、ジェルミ
を鞭で打っているのを見ます。かつてグレッグと共に暮らしたことがあり、自分
も鞭で打たれたことがあるナターシャは、一目ですべてを理解します。

けれども、ナターシャは、妹の残した子供たちを守るために、沈黙を選ぶのです。

ジェルミの母のサンドラは、ジェルミのかつてのガールフレンドから届いた手紙
を、勝手に読んでしまい、ジェルミが男の人と寝たからわかれることになった、
と書いてあるのを読みます。前後の状況から、そして現在の自分とグレッグとの
夫婦生活のありようから、真実を類推します。けれども、彼女は、真実を見極め
ようとしませんでした。ジェルミがガールフレンドの手紙を探しているときにも、
何も彼に聞かず、何も告げませんでした。

グレッグとサンドラの死後、グレッグと前の妻との間に生まれた息子のイアンは、
ジェルミがグレッグ達を殺したのではないかと疑い、執拗にジェルミを追いつめ
ます。
しかし、ジェルミが、グレッグの性的虐待から逃れるためにグレッグを殺そうと
した、という告白を聞き、サンドラの日記からもそれが真実であることが立証さ
れそうになったとき、イアンは、すべてを否認しようとします。

グレッグとサンドラとは事故で亡くなった。ジェルミへの性的虐待はなかった。
イアンは、それが事実で、他は妄想だったのだと、ジェルミに言います。

ジェルミは、家を出ました。

イアンが、グレッグが趣味で撮っていた写真、つまり、縛られ、鞭打たれたジェ
ルミの横たわる写真や、鞭や、ロープを見つけ、真実を認めざるを得なくなり、
それを受け入れ、ジェルミを探し出したとき、ジェルミは、街で、仲間と共に、
麻薬の売人と男娼をやって暮らしていました。

イアンは、ジェルミのいうことが真実だったと分かったと告げ、ジェルミにあや
まり、ジェルミを連れ帰り、ジェルミの更正に尽くそうとします。

しかし、それは、二人で深い暗い森の中に迷い込んで出られなくなりそうな、困
難な道なのでした。

ジェルミは、グレッグの死後もなお、グレッグの幻影に苦しめられ、それはやが
てイアンも苦しめ始めます。

14巻の終りでは、二人はまだ迷路を抜けるための努力を続けています。
二人はこの深い暗い森から出ることができるのでしょうか ?


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残酷な神が支配する(kuruma 0201)

「残酷な神が支配する」は本当に考えさせられた読み応えのある作品でした。
BOYSLOVEなんていうジャンルがはやってますが、この作品を読むとそれらのジャンルが軽率に思えてしまいます。昔の作品しか好きじゃないという人もいますが、それは非常にもったいないです!学生寮の風景や雰囲気、人間のやり取りのリアルさやささいなしぐさの書きこみ、芸術的ともいえる表現力。どれをとってもまさに「進化しつづけてる」としか言い様がありません。
昔の作品も私は好きですが、今の作品はユーモアにあふれてて、すごく身近でリアルでとても大好きです。それでいて、「ここは」というシーンはきちんとおさえてくるからこっちもツボに入ったり入らなかったり!あいかわらずウマイ・・・と実感してしまいます。
「残酷な」は部分的に私は「トーマ?」と、思わずトーマの心臓を思い出してしまう事があったりしました。確かこんなカンジのセリフが。「愛されたら愛し返さなきゃならないのか」「親が子供を愛することは束縛じゃないのか」そんなカンジだったと思います(正確ではありませんのであしからず)ユーリが確か似たようなことをいってたんですよね。「愛されたら愛し返さなきゃいけないのか」ジェルミもユーリも自分を愛するという人間の死に直面する。双方、自分が原因の一つになってる。そしてジェルミにはイアンが、ユーリにはエーリクが、「愛する」事を見失い「愛される」資格なんかないと責める彼らに「きみが好きだよ」そう言葉を投げる。
ただ、ユーリは「神学校に行く」そういって笑って出発できたけど、ジェルミにはさらに現実的な問題が付きまとっている。
自分を愛してるといい性的暴行をしつづける義理の父親。苦しみはジェルミに歪みを与え、崩壊しかけたジェルミは義父を殺す決意をする。しかし義父だけを殺すはずだった車には最愛の母も乗っており彼は彼女まで殺害してしまう。おまけに彼女は暴行に気がついていたと思われる手記が発見され・・・・。
「母親に乱暴してやる」そう脅されたからこそ耐えた苦しみだった。
「愛してるって何?」ジェルミはそれ以来、それを完全に見失ってしまう。
体に残る痛みと恐怖、毎夜の悪夢。心に完全に巣くってしまった暗闇から抜け出すことはすごく難しい。
 
こんな難しいテーマによくも取り組んだよな・・・とつくづく感心してしまいます。誰もがここまでこの問題を突き詰めることが出来るわけじゃない。
自我が崩壊したジェルミが絶望の淵からどうやってはいあがっていったのか・・・。自分がイアンなら、ジェルミならどうしただろう?
萩尾先生のファンならば是非読んで欲しい作品です。

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